小学校を卒業して、”しゃべれない”を抱えたまま中学生になりました。

新しい制服、新しい教室に新しいクラスメイト。
環境はガラリと変わったのに話せない自分だけは変わらない。
そんなスタートでしたが、中学校生活を過ごす中で少しずつ変化が起こりました。
この記事では、中学生だった私が感じていた出来事を振り返ります。
この記事は、あくまで「私、真駒の場合」の体験です。場面緘黙症の表れ方や感じ方は人それぞれです。参考程度に読んでいただけたら嬉しいです。
しゃべらない私の中学校時代
1人で行動することを選んでいた理由
私が通った中学校は、近くの2つの小学校の生徒が集まる学校でした。
新しい友達が増えるかもしれないそんな期待よりも先に思ったのはまた話せない子としてみられる不安でした。
最初の半年ほどは、私は基本的に1人で行動することが多かったと思います。
1人でいる私に優しく声をかけてくれる子もいたけれど、
なるべく深く関わらないよう距離を取るようにしていました。
そうしてしまう背景には、年齢が上がるにつれて、グループの中にしゃべれない私がいると、周りに気を使わせてしまう空気を感じることが多くなってきたからです。
ときどき、さりげなく輪から外されるような瞬間もありました。
その経験が増えるほど、結構しんどくなってきて…
傷つく前に、最初から距離をとっておく
それが、私なりの自分を守る方法になっていました。
まこまでも、声をかけられた時は「すごく嬉しい」って思ってました。
内心と行動が伴っていない矛盾している自分に、ときどき嫌になることもありましたが…汗
同じ「話せない子」の存在に感じた、不思議な安心感
同じ学年にもう1人話せない子がいました。
三年間同じクラスにはなったことはなかったけれど、私よりもさらに声を出すことが難しかったようで、学校も休みがちだと聞いていました。
そんな似た子がいると知ったとき、胸の奥がふっと軽くなったのを覚えています。
「しゃべれないのは、私だけじゃないんだ」
その事実だけで、勝手に仲間のように感じて、どこか安心した気持ちがありました。
とはいえ、当時の私は自分のことで精一杯で、その子がどんな気持ちで毎日過ごしていたのかまでは想像する余裕がありませんでした。
場面緘黙症は、約500人に1人の割合でいると言われています。
当時、私の通っていた中学校もちょうど500人くらいの生徒がいて、単純に考えると
学校に1人いるかいないかというくらいの珍しさです。
そんな中で、場面緘黙症の子が同じ学年に2人もいたなんて、偶然とはいえすごい確率だったんだなと、今になって思います。
大人になった今ふと考えるのは、もしあの頃、私のほうから少しでも勇気を出して関わろうとしていたら、当事者同士だからこそ分かり合える世界があったのかもしれないということ。
2人だけなら話せたのかもしれない。
言葉がなくても、安心できる居場所になれたかもしれない。
もし、どこかでその子に再会できたら、
当時どんな事に困っていたのか、
しゃべれなくなったきっかけがあったのか
など、そんな深い話ができたらいいなと思っています。
部活・友達との出会い
部活動と挨拶|怖さが背中を押した?
私が入った部活はまさかの運動部でした。
入部理由は、先輩の姿がめちゃくちゃカッコよかったから…笑



今思うと、声を出す場面がたくさんある運動部に
よく入部したなと自分を褒めてあげたい(笑)
当時の部活は上下関係がとても厳しくて、先輩を見かけたら姿が見えなくなるまで挨拶をするという謎ルールがありました。
私にとってはめちゃくちゃハードルが高かった…
挨拶をしないと先輩に目をつけられる。
でも、ちゃんと挨拶ができれば回避できる。
そんな恐怖と必要性が勝って、どうにか挨拶だけは声を出すことができました。
おそらくですが、
- 怒られるという恐怖がある
- 挨拶の言葉が決まっている
この2つが重なって、条件反射で声が出せたのではないかなと思います。
「話せるなら、その調子で普段から話せばいいのに」
そう思われるかもしれませんが、私の場合、自由に話すことがとても難しかったです。
できる・できないが、場面によって極端に違う。
それが場面緘黙症のややこしいところでもあります。
特定の友達とだけ話せるようになった転機
そんな中、同じ部活にアニメや漫画といった共通の趣味を持った子がいました。
(その子と関わるようになったきっかけがあったんですが、説明すると少し話が脱線してしまうので、ここでは割愛します)
クラスは違いましたが、休み時間になると廊下に出て
友達「ねぇ、昨日の◯◯観たー?」
私(うなずき)
友達「めっちゃ面白かったよねー!」
私(うなずき×2)
こんな感じで毎回、アニメや漫画の話で盛り上がっていました。
その子とは、絵を描くことが好きだったり、面白いと感じるツボも同じで、とにかく趣味が似ていました。
一緒にいる時間が純粋に楽しいと思うようになってきたある日、
いつもの調子で話してくる友達の問いに、
「うん」
と、声を出して答えました。
その時の私は、
「あ、今しゃべれそう」と感じたのと「しゃべりたい」という気持ちが
同時に胸の奥から押し寄せてくるような感覚があったんです。



本当にスルッと。
いつもの詰まる感覚が全くなかったのを
今でも覚えています。
私の声に、その子はしゃべった!と言いたげな驚いた顔を見せましたが、
特に大袈裟に騒いだりしないで
「そうなんだー!」
と、普通に返してくれました。
その普通さが私はとても嬉しかったのを覚えています。
話せる友達が少しずつ増えていく
それから少しずつ、その友達とは話せるようになりました。
そして、その子をきっかけに少しずつ「この子なら大丈夫かも」
と思えた子とは話せるようになり、最終的に中学では5人の話せる友達ができました。
ただ、声を出す前に必ず周りの状況を確認していました。
- 他の人が周りにいないか
- 聞かれない範囲か
この条件が揃っていないと、声を出すことができませんでした。
話の途中で、不意に誰かが来た途端、クッと言葉が出てこなくなってしまう。
そんな状態になっている私を、友達は“それが真駒の普通”というように扱ってくれてすごく救われました。
そんな友達との触れ合いが、話せるようになるリハビリになっていて、少しずつ自信にもつながっていたと思います。
学校生活が少しだけしんどい場所から楽しい場所に変わっていきました。
それでも全体では話せなかった
ただ、誤解されたくないのは、
友達と話せるようになった=完全に克服ではなかったこと。
クラス全体で話すことは、以前と難しくて。
- 話せる世界(特定の友達など)
- 話せない世界(授業中など)
この2つの世界を行ったり来たりしながら過ごしていました。
でも、小学校の頃と比べたら、心はかなり軽くなっていたと思います。
「安心できる人」や「安心できる場所」が一つ見つかるだけでも、そこから少しずつ広がることがあると思います。
そして、中学生活の終わり頃、私は進路のことで決断をします。
▶︎高校では完全に話せるようになりたい
▶︎そのために、あえて知り合いの少ない高校を選ぶ
次の記事では、中学生活(後編)と進路について書いていきます。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


