特定の友達と少しずつ話せるようになったことで、話す世界がほんの少しだけ広がっていきました。

それでもまだ、声が出ない場面のほうが多くて、私は相変わらず話せない自分と向き合い続けていました。
中学生活も終わりが近づいてきた頃、私にとって小さな一歩になる出来事が起こります。
場面緘黙症のエピソードは全て事実に基づきますが、すべての当事者の方に当てはまるものでありません。「私、真駒の場合」という前提で書いていることを必ずご承知おきください。
電話がくれた小さな自信
友達とも楽しく過ごせる時間も増えてきましたが、学校生活そのものはなんとかやれてる状態でした。
ときどき男子が軽いノリで絡んでくることがあったのですが、私はそのノリがとても苦手でした。
困りまこま心の中ではいつも
「話しかけないでくれ!」と思っていました…汗
そんなある日、同じクラスの男子から電話がかかってきたことがありました。
(当時は連絡網というものがありました)
母が受話器をとり、
「真駒、◯◯君から電話だよ」
一瞬、喉がギュッと閉じる感覚がしました。
正直、出たくない。でも、
母の前では普通に話せる自分を演じたいと思う気持ちのほうが勝って、電話に出ることにしたんです。
この時の行動は、半ばやけくそに近かったと思います。



内心めちゃくちゃ心臓バクバクでした
私「……もしもし」
男子「あ、真駒ちゃん?◯◯だけどー…」
おそらく10〜20 分くらい話していたと思います。
その間、普通に途切れることなく会話をすることができました。
会話ができたのも男子の顔がみえない状況だったこともあったからなのかもしれません。
会話の内容は、めちゃくちゃ怪しい宗教の勧誘っぽい話でしたが(笑)
それでも、私にとっては話せたということが何より大きな出来事でした。
次の日、
「昨日、真駒ちゃんの家に電話かけたんだよねー」
電話をかけてきた男子が、私が登校するなりクラスの男子たちに得意げな様子で話し始めました。
A君「えー!真駒しゃべれたの?」
男子「全然普通にしゃべってた」
B君「マジー?俺も電話してみよっかなー!」
男子「声、可愛かった」
A君「聞いてみたーい!」
私のことで盛り上がってる空気に恥ずかしくなりましたが、私との会話を全然普通と言ってくれた男子の言葉がシンプルに嬉しいと思ったのを覚えています。
「私の話し方、変じゃなかったんだ」と少しだけ自信がついた瞬間でもありました。



それでも軽いノリの空気で自分の話をされてるのは嫌でしたが…汗
※これは、あくまで私の場合です。人によっては“いじられてる”と受け取り、嫌な思いをする人もいると思います。
受験期に感じた不安
私なりの作戦と決断
中学3年生になると、周りは一気に受験モード。
志望校の話、担任との面談…。
そんな中、私は高校に合格できるどうかの不安よりも、話せる友達と別々の学校になってしまうことにとても不安を感じていました。
話せる環境を手放すことがすごく怖かった。
話せる子5人のうち、3人が志望している高校にしようとしましたが、
進路希望で担任から「この高校は、真駒さんには合わない」と言われ、
志望校を再検討することに。
どんな高校かより自分が話せる環境かどうかが私にとってはすごく重要だったので、
他の選択肢を考えることができずにいました。
そろそろ決めないといけない時期に追い込まれてから、ようやく私は新しい環境に行こうと決断しました。
できれば同じ中学出身者がいない高校を選びたかったのですが、金銭面などの都合もあり、
家から通える範囲の高校で考えることに。
そして、同じ中学出身者が少ない高校を志望することにしました。
その高校には2つの学科がありました。
私が行きたいと思っていた学科には、同じ出身者がたった1人だけ。
私は、さらにその子がどんなタイプの子かを事前にリサーチしました。
その子は、おとなしいタイプの女子で「この子だったら大丈夫」と直感で思いました。
高校になったら今度こそしゃべるんだ
と、強く決意したタイミングでした。
どんな子かだなんて人を判断することは失礼かもしれません。
でも、少しでも話せるようになる確率を上げるため、私にとっては必要なことでした。



学力面のこともあったので、条件の合う高校を探すのはとても大変でした。
自分から電話をしてついた自信
受験前、志望していた同じ学科の女の子に思い切って電話することにしました。
自分から行動してみようと思えたのは、一度だけ男子と電話で話せた成功体験があったことが大きかったと思います。
私「真駒なんだけど…試験の日…一緒に行ける?」
女子「いいよ。一緒に行こう」
(緊張しすぎて交わした言葉ははっきり覚えていないんですが、たしかこんな感じのことを言ったと思います)
要件を伝えて電話を切った後も心臓はバクバクしたままでした。
でも、自分から行動して伝えられたそのことが、また一つ、私の自信になりました。
高校生で変わった私
そして、無事に合格し、高校生になりました。
春休み中、私は
しゃべれないかもしれない
変われないかもしれない
とマイナスなことを考えるより、
新しい環境だからこそ、しゃべれるようになれる!
と自分にプラスになるように考えて過ごしていました。
高校入学の日。
相変わらず新たらしい環境には緊張しました。



自分なりに心機一転しようとストレートパーマをかけに美容室に行きました(笑)
教室で席に座っていると、隣の席の子が声をかけてきました。
隣の子「ねぇ、どこ中?」
私「◯◯中」
…声、出せた!
そこからは、不思議なくらい言葉が続きました。
隣の子「私、△△中〜。ねぇ、ストパーかけてる?」
私「うん。かけてるよ」
隣の子「え、いいなー!私もかけよっかなぁ」
その日から、どんな場面でも話せるようになりました。
場面緘黙症を克服した私のその後
高校を卒業したあと、私は専門学校へ進みました。
そこでは気の合う友達がたくさんできて、気づけばバンドを組んでドラムを叩くようになっていました。
人前に立って、全身を使って音を披露するなんてあの頃の私には考えられなかったことです。
この頃の私は、「もし、しゃべれなかったらどうしよう…」と、不安になることは一度もありませんでした。
そして、成人式。
小中学校の同級生と約5年ぶりに再会しましたが、あの頃のしゃべれない自分に戻ることはなく、
自然に会話することができました。
「えー!真駒ちゃんがしゃべってる!」
「なんか不思議な感じー」
と、驚かれつつも
「なんでしゃべれなかったんだろうね、私(笑)」
なんて、おどけて返せるくらいの余裕もありました。
40代になった今でも、相変わらず人前に立ったり、会話することは苦手です。
それでも、場面緘黙症の症状は出ることなく過ごすことができています。
しゃべれなかった私が伝えたいこと
場面緘黙症は、ある日突然治るものではありません。
でも、それがずっと続くわけでもありません。
少しずつ小さな成功体験が積み重なり、安心できる環境が整い、そしてほんの少し勇気を出せたとき、ゆっくり前に進んでいけるものだと私は思います。
話せる場面・話せない場面があることは、本人の意思や性格の問題ではなく、
「しゃべれないという症状」が起きているだけです。
心の中では言葉も感情もちゃんと動いているのに、声として外に出せない。
その苦しさは、外からは見えにくいものです。
だからこそ、周囲の理解と協力が欠かせません。
普段困ることなく話せる人からすると、「なぜしゃべれないの?」と疑問に思うのは自然なことです。
でも、その理由を無理に探すのではなく、「そういう症状で困っている人がいる」とシンプルに受け止めもらえるだけで当事者にとっては大きな安心につながります。
自分と他者の違いを知り、認め、受け入れることが、助け合いの第一歩になります。
そして「理解してくれる人」の存在が、本人にとって安心できる環境づくりにつながります。
親御さんにとっては、お子さんが話せない姿を見ると不安や焦りが出てくることもあるでしょう。でも、決して責めないでください。
責められると、ますます声が出しづらくなってしまいます。
まずは「話せないのではなく、話せなくなっている」という事実を理解してあげることが、何よりの支えになります。
そして、困っていることや配慮してほしいことはその子によって違うことも知っておいてほしいところです。
ここからは、同じ症状で悩んでいる“あなた”へ
まず、自分を責めないでほしい。
話せない自分を「ダメだ」と思う必要なんて、どこにもないんです。
あなたの中には、ちゃんと気持ちも言葉もある。
ただ、それを外に出すのが難しいだけ。
それはあなたのせいじゃないし、あなたの価値とは関係ありません。
そして、焦らなくて大丈夫。
最終的には「勇気」を出すことは必要にはなってきてしまいますが、
「勇気を出す」という言葉は、時に重く感じるかもしれないけれど、その勇気は大きなものでなくていいんです。
- 小さくうなずけた
- 目を合わせられた
- 一言だけ声が出せた
- その場にいられた
そんな小さな一歩も、立派な勇気です。
その積み重ねが、いつかあなたを前に進めてくれます。
安心できる場所があって、
自分を信じられる瞬間があって、
そこにほんの少しの勇気が加わったとき、
あなたは自然と変わっていけます。
社会に出るとコミュニケーションの大切さを感じることもあるけれど、
それは「今のあなたがダメ」という意味ではありません。
あなたにはあなたのペースがあっていい。
ゆっくりでいいから、自分の歩幅で進んでいけばいいんです。
私の体験談シリーズはこれで終わりになりますが、まだ触れてこなかった部分もあります。次の記事では
▶︎これまでの記事で触れてこなかった、当時の私を側で見ていた“親のこと”
▶︎先生の対応
▶︎私が唯一、自信のあった特技
この3つの内容を紹介して場面緘黙症の“内側”をもう少し深掘りしていく予定です!
ここまで読んで下さりありがとうございます!



